ドイツの哲学者、古典文献学者。 鋭い批評眼で西洋文明を革新的に解釈。実存主義の先駆者、または生の哲学の哲学者と称される。 国: ドイツ 生: 1844年10月15日 没: 1900年8月25日(享年55) 【その生涯】 名言集へ行く 哲学動画【ニーチェ1】 インド哲学を知ろう9〜第二期ウパニシャッドとマハーバーラタ; 哲学者のことを知ろう。何を言っているのか、概要から入りましょう; 本質を考えるための哲学入門 ニーチェがキリスト教に対して否定的な態度を取った理由は何かというと、それはキリスト教的道徳が必然的にニヒリズムに行き着かざるをえないという独自の直観にあります。 ニーチェは、ヨーロッパで最高の価値体系だったキリスト教が作り上げた理想、そしてキリスト教に基づく既存の道徳が、私たちの生を否定しスポイルすると強く確信していました。その確信の根拠は、キリスト教とは「弱者によるルサンチマンの反逆」である、というニーチェ独自の直観にあります。 ルサンチマンはニーチェの … 哲学者のニーチェは(勤勉は逃避である)と言ったそうです。 意味不明ですが、勤勉は逃避なんですか?勤勉に働いている人は逃避というより熱心なんではないですか? 多忙だけが我々を恋愛から救うので … ニーチェはドイツ出身の哲学者です。自由な発想で物事を考えたと思われていますが決してそうではありません。過去の哲学の変遷を理解していないと、彼の思想を理解することは難しいです。この記事では、ニーチェの思想を可能な限りわかりやすく解説します。 ニーチェの哲学はナチスに利用されたこともあったが,今日ではセーレン・a.キルケゴールと並んで,実存哲学の先駆者,新しい価値論の提示者として新たに照明があてられている。日本では高山樗牛以来多くの人々により紹介,翻訳されている。 つまり、今あるものより大きくなろうとする、生き生きと変化するということを「力への意思」という妙な言葉で表現しています。. ニーチェは意識の呪縛を振り払って、哲学の営みを再び存在そのものに向けさせようとした。彼の再転回は20世紀の哲学思想に甚大な影響を及ぼしたが、デカルト的な認識論の枠組みに完全にとってかわることはできていない。 古市 ニーチェは有名な哲学者なので、入門書や解説書も数多く出ています。でも、原典を読んでいる人は意外と少ない気がします。 © 2020 クリプトピックス わかりやすい経済学 All rights reserved. おれたちはみな神の殺害者なのだ!」 ニーチェの文章はそのあとこう続く。 「世界がこれまでに所有した最も神聖にして強力なもの、それがおれたちの刃で血まみれになって死んだのだ。おれたちが浴びたこの血を誰が拭いとってくれるのだ?どんな水でおれたちは体を洗い浄めたらいいのだ� フリードリヒ・ニーチェ. この前報道で、俳優のマックス・フォン・シドーが亡くなったこ… 2019-04-16 AIとBIはいかに人間を変えるのか. ニーチェは「神は死んだ」など、当時の絶対的でタブーとされていた価値観に切り込み、世の中を根底から覆した歴史的な哲学者です。 そのため、哲学を学びたいのであれば避けては通れない哲学者ですし、同時にそれだけ内容も独特で難しくなっている…ということを知っておいてください。 哲学ガイドブログ「Philosophy Guides」。プラトン、ルソー、カント、ヘーゲル、ニーチェなど、有名な哲学者の作品と思想を分かりやすく解説します。 ニーチェはギリシア哲学などを好んでいましたが、この哲学は西洋哲学の祖と呼ばれる人物が出てきてからは否定されるようになっていました。西洋哲学の祖で「無知の知」などを提唱した哲学者と言えば… おそらくアレントさんのいうところの、労働と仕事と活動のいうところとはずれているかもしれませんが、わたしがわたしの奴隷となり行うものと、わたしがわたしの主人となって行うものと、わたしがわたしの代表者となって他者に語り掛けるものの配分はあるような気がします。 哲学者 のユルゲン・ ... ニーチェ の言う超人は ... 『資本論』では、資本家は支配者、労働者は被支配者として描か… 2020-03-20 『エクソシスト』って哲学的にも価値ある作品だよね. ワーグナーの信奉者 神は死んだ ・・・ ニーチェは自著「ツァラトゥストラはかく語りき」でかく語った。 この不用意な一言が、キリスト教徒の心情を逆なでにし、反キリストの烙印を押されたことは想像に難くない。大哲学者ニーチェ … 続きを読む ニーチェとナチス~レニの意志の勝利~ ニーチェは、「清く正しく美しく」という. 第三論文 七 哲学者と禁欲的な理想より 哲学者は結婚を、そして結婚せよと 促すすべてのものを忌み嫌うのである。 ――哲学者にとっては結婚は、 最善なものにいたる道を塞ぐ障害であり、 妨害物なのである。 これまで結婚していた偉大な哲学者など、 そもそも存在したことがあるだろうか? 思想・哲学 2018.09.27 lismile 「神は死んだ」の意味とは?ニーチェ思想と「ツァラトゥストラ」 「神は死んだ」はニーチェの著書『ツァラトゥストラはこう言った』の中で「ツァラトゥストラ」が語った言葉として知られています。 確か哲学者のニーチェは賛否両論でしたっけ? むしろ批判されないような人は人畜無害でしょう。フロイトなど文化芸術に幅広い影響を与えたけどその分批判もものすごかったです。 現代思想(げんだいしそう、英: contemporary philosophy )は、20世紀半ば以降にあらわれた西洋哲学・思想のこと。 大きく英米圏の分析哲学とドイツ・フランス圏の大陸哲学に分けられる。. ニーチェはギリシア哲学やショーペンハウアーなどから強く影響を受け、鋭い批評眼で西洋文明を革新的に解釈した。実存主義の先駆者、または生の哲学の哲学者とされる。 Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語) ニーチェの名言・格言集. 人間は労働を通して社会的存在になる。社会的存在とは、自分一人の世界の中ではなく、人々との交流の中に生きているということである。労働者革命の一大潮流を生み出したカール・マルクスの名言を紹介。今マルクスを読むべき理由や思想についてのコラムです。 ニーチェはドイツ出身の19世紀の哲学者です。名前はかなり有名で、誰しも一度は聞いたことがあると思います。, 伝統にとらわれず自由な発想で物事を考えたと思われていますが決してそうではありません。過去の哲学の変遷を理解していないと、彼の思想の根本的な部分を理解することは難しいです。, この記事では、ニーチェの思想を可能な限りわかりやすく解説します。また彼の主著「力への意志」で何を伝えたかったのか理解することができます。, 下記の記事で、哲学史をわかりやすく一気に解説していますので、ご一読いただくと、より理解が深まります。, ニーチェの思想を理解するには、ニーチェの哲学史上の位置づけについて理解する必要があります。, まず、ニーチェが登場する以前と以後の思想では、180°異なります。ニーチェによって大転換が起こったと言って良いでしょう。私が、これまでソクラテス、プラトン、アリストテレスからカント、ヘーゲルまで解説してきましたが、ニーチェをこの流れに一直線上に並べることはできません。, なぜかというとニーチェは、「これまでの哲学」と呼ばれる学問体系のいっさいを批判し、それを乗り越えようとしたからです。, それは、「超自然的原理」(言い換えると形而上学的原理)を立てて、それを媒介にして、自然を観察し、自然と関わるような思考様式のことです。「超自然的原理」はプラトンのもとでは「イデア」、アリストテレスのもとでは「純粋形相」、デカルトのもとでの「理性」など、名前を変えながら継承されています。, つまり、「哲学」という学問体系自体が、「超自然的原理」を用いた思考体系だということです。, ニーチェは、その哲学一般の思想体系を批判し乗り越えようとしました。ニーチェは哲学批判とは実際には言わず「プラトニズムの逆転」と表現していますが、ニーチェ以前の哲学はすべてプラトンの解釈であると言われてますから、哲学批判を試みたと言えるでしょう。, ちなみに、同時期に経済学でも同じように経済学批判が行われています。その代表人物はマルクスで、当時の経済学である「古典経済学」を批判し、乗り越えようとしました。下記の記事で詳しく解説しています。, なぜなら、ニーチェは古典文献学者として経歴をスタートし、様々な西洋哲学の伝統をきちんと理解しているからです。, また、ニーチェは詩人哲学者とも言われています。抽象的な話や体系的な話を嫌い、より具体的で詩人的な話を好んだと言われたためです。, 実際に彼は自らを「詩人哲学者」と呼ぶこともありましたが、一方で、「抽象的思索は祝祭であり陶酔だ」とも語っている通り、かつての哲学者のような思考様式を嫌っていたというわけではなさそうです。, ニーチェの最初の研究テーマは、ギリシャ悲劇の成立史でした。その成果が「悲劇の誕生」という書籍です。, まずはこの本について理解し、そして彼の主題でもある、この悲劇をどう乗り越えたかを説明していきます。, ニーチェはこの悲劇の誕生で、「悲劇」という芸術様式が、どのように誕生したのかを考えました。ちなみに悲劇は、古代ギリシャで誕生した芸術様式で、脈々とニーチェの頃まで受け継がれていました。, ニーチェは悲劇とはアポロン的なものとディオニュソス的なものという原理を立て、その二つの原理が結びついて「悲劇」が誕生すると考えました。, まずアポロン的なものは、オリンポスの神々に代表されるように、青空をバックに真っ白な彫刻や神殿があるような美しい世界のことです, 逆にディオニュソス的なものは、オリンポスの神を祭る表向きの姿とは別に、夜な夜な森に集まり、欲望のままに、男女が入り乱れ、デュオニソスの神を祭る密儀があり、そういった雰囲気のことを呼びます。, 悲劇という芸術様式は、鬱々しい欲望の世界の中から、アポロン的な晴れやかな世界を覗き見るという、いわば二つの世界がぶつかることで生まれたものだと、ニーチェは考えました。, しかし、この「アポロン的なもの」と「デュオニソス的なもの」は、哲学と非常に関係が深い言葉です。ここも理解しておく必要があります。, まず、「アポロン的なもの」とは、哲学でいうと、ショーペンハウアーの「表象としての世界」を、「デュオニソス的なもの」は、「意志としての世界」の言いなおしでした。, さらにいうと、「表象としての世界」は、カントの「現象界」、「意志としての世界」は、「物自体界」の言い換えです。下図の通りです。, つまり、ニーチェは一見関係のない芸術様式の研究から、ギリシャ以降続く、西洋を覆う思考様式(哲学)について、理解しようと試みたと言えます。, 最初に述べたように、ニーチェはこの著書で、西洋哲学の批判を始めることになります。力への意思の副題は「すべての価値の転倒の試み」です。, つまり、ギリシャ以降、西洋全体を支配してきた哲学(プラトニズム)総体を批判し、そして批判するだけでなく、全く新しい価値基準を打ち立てようとしたと言えます。, 当時のヨーロッパは虚無的な精神状態に覆われていました。その理由をニーチェは、過去から現在までヨーロッパの文化形成を導いてきた最高価値が失われたからだと考えました。, 最高価値とは、「超感性的な」言い換えると「超自然的原理」のことです。最初に説明した通り、それはプラトンのイデアであり、アリストテレスの純粋形相なわけですが、そのような「超感性的な」価値が揺らいでいると悟ったことによって、ヨーロッパのニヒリズムが引き起こされたのだと考えました。, ニーチェの有名な言葉に「神は死せり(神は死んだ)」がありますが、つまり、最高価値と考えていた、超感性的な原理、言い換えれば「神」の価値が揺らいだことを表現した言葉です。, ニーチェは「超感性的なもの」は、もともと存在するものではなく、人間を支配するために作られたものに過ぎないからだと考えました。もともと存在しないのに、その価値を目指し、努力を続けても到達することなんてできません。だからニヒリズムに陥ってしまうのだと考えました。, ちなみに、ニーチェは、もともと存在しない「超感性的なもの」を設定した元凶はプラトンだと考えました。キリスト教は民衆のためのプラトニズムであると痛烈に批判しています。, 下記にプラトンの思想を解説していますが、プラトンがイデアを設定し、世界は作られて存在すると考えた背景には政治の腐敗がありました。つまり、ニーチェが考えた、人間を支配するための価値基準が「超感性的なもの」だという批判はその通りだということになります。, ニーチェは、最高価値の喪失を消極的に嘆くのではなく、最高価値を積極的に批判していけば良いと考えました。, もともと存在しない「超感性的なもの」「超自然的なもの(形而上学的なもの)など、無くなって然るべきで、それ自体必要ないものだと考えればニヒリズムを克服できると考えました。, しかし、「超感性的なもの」がなくなったら、何に価値を求めれば良いのでしょうか?お金が価値があると思っていたのに、いきなりお金がない世界を信じろと言われても難しいですよね。, そこでニーチェは、取って代わるような、あらたな価値を設定しようとします。いわばニヒリズムに対する処方箋を施します。, 超感性的・超自然的なものが否定された今、残されたものは感性的世界、つまり「自然」しかありません。超自然的な原理が設定されている時は、「自然」は、質料(ヒュレー/マテーリア)、つまり死せる物質(マテリアル)でしかありませんでした。, しかし、超自然的な原理が否定され、自然は再び生命力を取り戻すことになります。つまり、自ずから生き生きと生成するという自然観です。プラトン以前の思想家たちの考え方です。, それをニーチェは「生(レーベン)」という概念で説明していますが、生(レーベン)の本質とは「力への意思」であると説明しています。つまり、今あるものより大きくなろうとする、生き生きと変化するということを「力への意思」という妙な言葉で表現しています。, 超自然的なものが否定されて、残されたのは「自然(=生(レーベン))であり、その生(レーベン)は、「力への意思」によって説明される。力への意思とは、つまり、今よりもより大きくなろうとする、生き生きと変化するものである。, つまりニーチェはプラトン以降に西洋を覆っていた超自然的原理を否定して、プラトン以前の古代ギリシャ思想に巻き戻したともいえます。古典文献学者だったニーチェだからこそ、この思想に行き着いたと言えるかもしれません。, 様々な哲学本を過去読んできましたが、ここまで哲学史を体系的にまとめている本はありません。入門書としてこの一冊を読んでおけば、専門的な本を読んだとしても、かなり理解しやすくなると思います。哲学とは一体何か?というところにフォーカスして様々な哲学者を解説しており、基礎的な理解をする助けになります。, ニーチェの思想についてまとめました。わかりやすくまとめようと努力しましたが、ニーチェの思想は過去の哲学思想を批判し乗り越えるということを主題としているため、過去の哲学思想の流れを理解していないと、かなり難しいかもしれません。, ニーチェは実存主義と言われ、過去のニーチェは哲学を理解していなくても理解できると勘違いされますが、格言などを除き、細かな点をしっかり理解するには、これまでの哲学史をすべて理解していないとかなり厳しいです。, ざっくりとこのサイトでは、ニーチェ以前の思想家についても全てまとめていますから、ご覧になられると、より理解が深まると思います。全て読んでもそんなに時間はかからないと思います。哲学を読めば芸術論や経済学、政治学についても理解しやすくなります。なぜならすべての思想の基盤だからです。是非とも理解いただけたらと思います。, このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください。, 経済学に興味があり日々研究しています。経済・経営系の修士課程修了。ブロックチェーンにも興味あり。会社員です。経済学をわかりやすく解説します。. 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ニーチェは、ヨーロッパで最高の価値体系だったキリスト教が作り上げた理想、そしてキリスト教に基づく既存の道徳が、私たちの生を否定しスポイルすると強く確信していました。その確信の根拠は、キリスト教とは「弱者によるルサンチマンの反逆」である、というニーチェ独自の直観にあります。, ルサンチマンはニーチェの提示した概念のなかでも特に重要なものです。これは一般に「怨恨」と訳されますが、その中身は、「ちぇっ、なんだよアイツ…」の「ちぇっ」の感じを想像すると分かりやすいと思います。, ニーチェによれば、この「ちぇっ」がキリスト教的道徳の中心にある。たとえばキリスト教の利他主義は、ルサンチマンをもつ“弱者”たちが自分たちの水準まで“強者”引き下げるために編み出したものであり、自然な良し悪しをひっくり返すことによって現れてきたものにほかならない、とニーチェは主張しました(私は必ずしもニーチェが正しいとは思いませんが)。, もっとも、ここで弱者とか強者とかいっても、それは別に腕力とか政治的権力の点での強弱のことではありません。そうした面が全く無いわけではありませんが、むしろ、ニーチェのいう弱者とは、価値の基準をいつも外側に求めてしまうような人であり、対して強者とは、良し悪しについての自己ルールを立て、それをきちんと守れる人のことを指しています。, もっとシンプルに言うと、弱者とは「みんながそう言うから」と自分で良し悪しを決められない人のことであり、強者とは自分で何がよく何が悪いかを決められる心をもつ人のことを指しています。「超人」の概念も、この観点から考えると分かりやすい。意味のない「永遠回帰」の世界で生きるだけの自己ルールと確信を得たひと、これがいわゆる「超人」のことです。, ニーチェは超人を生き方のモデルケースとして示すことができれば、普通の人でもルサンチマンに押しつぶされずに生きることができるはずだと信じていました。なので、ニーチェが普通の人びとを「畜群」と呼ぶとき、それは彼らを見下しているわけではありません。, どうすれば生をよく肯定できるか。この問題に対するニーチェの解答を最もよく伝えているのが、『権力への意志』です。『権力への意志』はアフォリズム集ですが、認識論と倫理学の両面において、とても中身の濃いものになっています。, 「倫理と認識に関係があるのか?」と思うかもしれません。しかしニーチェからすれば大ありです。なぜならニーチェに言わせれば、私たちにとって世界とは、「~したい」という私たちの欲求(権力への意志)に相関した価値として解釈される現象だからです。, 私たちの「権力への意志」が、カオスとしての世界を価値として解釈している。客観があって、それを主観が写し取るという主観ー客観図式は背理である。, この認識原理は、倫理についても当てはまる。つまりどこかに“真なる倫理”があるのではなく、私たち1人ひとりが倫理的な価値を解釈し、創造している。それゆえ問題は、いかに“よい”解釈を行うことができるか、にあるのだ。, 生を肯定する新たな価値体系を構想するには、私たちこそが倫理を作り出していることを原理レベルで捉える必要がある、そうすることで倫理のあり方を変えるチャンスが生まれる。そういう順序でニーチェは考えるわけです。, 「権力」と聞くとアヤシイ感じがしますが、これは能力への意志とか可能性への意志と読み替えることができます(ドイツ語でMacht(力)とMöglichkeit(能力)は同じ語源に由来します)。したがって、権力への意志を単に「政治権力、国家権力への意志」と理解するのは短絡的です。, 権力への意志の内実は、たとえば子どもがようやく自転車に乗れるようになった場面をイメージすると分かりやすいかもしれません。このとき子供は、自転車を自分のコントロールのもとに置き、それを一種“支配”しています。このように、困難や問題にぶつかりながらも、それを乗り越えて「できた!」に達するとき、私たちは快を感じる。このことが私たちの生の本質である、とニーチェは言うわけです。, ニーチェは、キリスト教の「真の世界」の概念も、権力への意志が作り出しているものだと言います。, 現世は仮の生であり、本当の生は死後にやってくる…。こうした見方は、苦悩を与える世界に対するルサンチマンに由来する。ルサンチマンは権力への意志のひとつのあり方であり、それによってひとは、現世を否定されるべきものとして解釈する。しかしそれは結局のところ、価値の基準を自分の外側に求めることであり、拘束感と不自由さをもたらすだけだ。このようにニーチェは主張します。, では、一体どのようにして私たちは自分の生を肯定できるのでしょうか?ニーチェの提案は、私たちは芸術と「永遠回帰」によって生を肯定できる、というものです。, 芸術は生を高揚させ、私たちに陶酔をもたらして生を完全化する。そのことは恋愛にとらわれたひとであればよく分かるだろう。恋したときに世界は色づき、その姿を変貌する。彼は芸術を生み出すほどの力を手に入れるのだ。そうニーチェは『権力への意志』にて言っています。, 確かにニーチェのいうように、芸術が私たちの生を肯定してくれることがあるのは確かです。しかし芸術だけではありません。場合によっては家族や恋人、友人との関係性が生を肯定してくれることもあるでしょう。ただ、人間関係で何度も失敗を繰り返していたニーチェが、他者との関係性を肯定的に捉えられなかったとしても、それはある意味仕方のないことかもしれません。, 「永遠回帰」は、キリスト教的な世界観に対する批判として考えだされたものです。キリスト教の世界観では、現世における死は本当の意味での死ではありません。世界の終わりにイエス・キリストが再臨し、「最後の審判」で永遠の生を得るひとと、地獄に落とされるひとに分けられる。現世はその裁きの瞬間まで耐えられるべき生である。キリスト教の世界観はこのようなものです。, 対して「永遠回帰」は、世界には始まりも終わりもなく、ただグルグルと回り続けている過程であるとする世界観です。そこにはキリスト教的な「救い」、人生の“上がり”はありません。苦悩は無限に繰り返され、そこから逃れることはできない。ニーチェ的に言えば、これは吐き気をもたらすような世界観です。しかし、無限に繰り返されるのは苦悩だけではありません。幸福もまた、無限に繰り返される。生の99%が苦悩でも、残りの1%が幸福であれば、その幸福を糧に生を肯定できるはずだ。ニーチェはこの“聖なる物語”を受け入れられるかどうかに、生の肯定の可能性がかかっていると考えました。, ニーチェはそのアンチキリストさがしばしば強調されますが、既成の道徳やキリスト教が気に食わなかったのでそれらに対しケチをつけていたわけではありません。ニーチェの目的は、生きる意味を肯定できるような価値解釈のあり方を作り出すことにありました。キリスト教に対する批判は、その目的に応じて行われたものです。, ニーチェの場合、表現そのものに力があるので、言い方が誤解を招くことが多いように思います。しかし学的な態度という面では、いくつか独断的な思い込みが認められることを差し引いても、やはり誠実だったように思います。, 『権力への意志』は、ニーチェの死後、妹のエリーザベトによって編纂された断片集です。第二次世界大戦後、シュレヒタによりエリーザベトの改変を除くかたちで再編集された『80年代の遺稿から』(Aus dem Nachlass der Achtzigerjahre)が、ニーチェ全集第3巻として1954年に発刊されました。ネットでも読むことができます。, ニーチェの『悲劇の誕生』を解説。本書においてすでに、生の肯定など、ニーチェの思想の基本的な構えが見られる。ただしここではそれが理想に燃える青年期の思想として示されている。それは後に徹底的な懐疑と吟味によって鍛えられるのだが、そこに至るにはしばらく待たなければならない。, ニーチェの『道徳の系譜』を解説。ルサンチマンによる生の価値評価の視点を初めて思想に導入した。その視点は私たちを立ち止まらせ、私たちが素朴に身につけてきた「よい」と「わるい」の価値秩序を根本から吟味させなおすほどのパワーをもっている。, ニーチェ『権力への意志』の前半を解説。『権力への意志』の全体のモチーフは、既存の価値体系の徹底的な吟味と、それに基づく新しい価値体系、しかも私たちの生をより「よい」ものへと向かわせてくれるような価値体系を打ち立てることにある。, ニーチェは第1巻でキリスト教道徳に代表される既存の価値体系をコテンパンに批判した。これを踏まえて、後半ではキリスト教道徳に代わる新たな価値体系を打ち立てようと試みる。, 本書はヴェーバーの社会認識論だ。本書でヴェーバーは「価値自由」と「理念型」の概念を軸に、社会認識の客観性(普遍性)を担保するための条件について論じている。後半では理念型について確認する。, 本書はヴェーバーの社会認識論だ。本書でヴェーバーは「価値自由」と「理念型」の概念を軸に、社会認識の客観性(普遍性)を担保するための条件について論じている。前半では価値自由について確認する。, 本書はニーチェに影響を与えたA.ショーペンハウアーの学位論文だ。ドイツ観念論の形而上学に対し、カントの認識論を踏まえて、原因-結果の因果関係と、条件-帰結の相関関係の区別を置いたのがポイントだ。, http://www.zeno.org/Philosophie/M/Nietzsche,+Friedrich/Aus+dem+Nachla%C3%9F+der+Achtzigerjahre. ニーチェは1884年生まれのドイツの哲学者です。 最近なぜかニーチェの本が流行りましたので、 知っている方も多いと思います。 ニーチェが書いた本の中でも、特に有名なのが、 「ツァラトゥストラはかく語りき」です。