| | 今なぜ、漱石「三四郎」なのかというと、米津玄師さんの新譜のタイトルが「STREY SHEEP」だからです。, この世界が大変な中で、米津さんが、なぜ「ストレイシープ」というメッセージを発するのか。そのヒントは、漱石「三四郎」の中にあるはずだと考えたからです。, 1908年(明治41年)に発表された、百年前の小説が、現代のアーティストで、若者だけでなく幅広い世代から絶大な支持を受ける米津さんの心をなぜとらえるのか。, 全くわかりませんが、三四郎を読み解くことで、その謎の一端にでも近づければおもしろいのではないかと思います。, 5それで三四郎は五分に一度ぐらいは目を上げて女の方を見ていた。時々は女と自分の目がゆきあたることもあった。, 7三四郎はともかくもあやまるほうが安全だと考えた。「ごめんなさい」と言った。女は「いいえ」と答えた。まだ顔をふいている。三四郎はしかたなしに黙ってしまった。, 1~6を見ると、女は三四郎が好むタイプの女性であり、三四郎は並々ならぬ関心を寄せていることがわかります。, 6の弁当のおかずをくわえたまま、女の後ろ姿を見るという描写からは、三四郎のちょっと間抜けた様子がうかがえます。, 現代では仰天もののこの場面では、そんなつもりはなかったとはいえ、三四郎が女に迷惑をかけています。, 自分の行為が他人に害を与えたとき、三四郎は、「あやまるほうが安全」と考え、「ごめんなさい」と言います。, 読書、化石採集、大学入試問題の分析、国語の勉強方法、文学、音楽、学び方などを書いています。少しでも高校生や受験生のみなさん、シニア世代の役に立てばうれしいです。, bluesoyajiさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog ストレイシープとは聖書に出てくる言葉で迷える子羊を意味します。 美禰子がつぶやくように三四郎に伝えた「ストレイシープ…」の一言。 これは美禰子自身の迷いを三四郎に伝えたかったのではないで … 概要 「現代人は迷える子羊である」「眠れない夜に人は羊を数える」というイメージを元に作られた作品。 手元に本がなかったので、ネットの青空文庫からダウンロードしてパソコンの上で読んだ。 むしろ、そういうはっきりした描写がないことで、三四郎と美禰子の"迷い"が描かれているのだと思います。 『三四郎』キーワードの含意 -「ストレイシープ」「ヘリオトロープ」「森の女」 山本 彩 尾道大学日本文学論叢 (1), 15-26, 2005-07 ストレイシープ(stray sheep)は、日本のイラストレーター・映像作家、野村辰寿による、フジテレビで放送されたアニメーション作品。. 「三四郎」論--「迷羊(ストレイシープ)」について 荻原 桂子 九州女子大学紀要 人文・社会科学編 36(3), 111-120, 2000 <作品> 「三四郎」 ・「風馬牛」「自分と無関係なこと」の意味。中国の古典。 ・レジュメあり。 ・この小説は世間で言われているような青春小説ではない。簡単な小説ではない。(教授は「三四郎)を卒論の時から研究」。 ・教養小説…ドイツ。 「三四郎」に頻出する stray sheep とは、その直接意味するところはわかるのですが、なぜミエコが脈絡もなくその語を口走るのか、理解できません。菊人形を見に行ったとき、またそのあとで、また教会をでてきたあとでも言います。 #1 「現代人は迷える子羊である」「眠れない夜に人は羊を数える」というイメージを元に作られた作品。眠っている間に見知らぬ世界へと旅立ってしまう習性を持つさ迷える子羊「ポー」を主人公にしたミニアニメーションである。 もともとはフジテレビの深夜キャラクターとして1994年10月に誕生し、スポットCMに登場する。同年12月からイラストを中心に一部アニメーションを取り入れたミニ番組が作られ、以後「ストレイシープの大冒険」として季節ごとに様々なショートストーリーを展開するように … 都会的で自分の意思を持つ美禰子に、いつしか三四郎は心惹かれていくが、美禰子「迷える子」「迷羊」(ストレイシープ)と意味深長なつぶやきと共に彼を翻弄する。野々宮とも親密な美禰子を見て、三四郎は二人の結婚を予期する。 ストレイシープ(迷羊)とは. 三四郎の思いはともかく、この一文で美禰子との関係は完全に終わったことが分かります。 ―― ラストシーン 『三四郎はなんとも答えなかった。ただ口の中で迷羊(ストレイ・シープ)、迷羊(ストレイ・シープ)と繰り返した』 迷羊 ストレイシープ の思いを経た後に、男と女はどのように成長していくのか。この青春の恋愛の先、二十年くらいの途に三四郎が歩んでいくであろう時間を印象的に捉えた部分が、広田先生の夢の中で出会った女性である。 三四郎(さんしろう):23歳の主人公。熊本から上京して東大生になり、美禰子に恋心を抱くようになる。 広田(ひろた):野々宮の師匠で、高校の英語の先生。 野々宮(ののみや):光の研究にいそしむ30歳の学者。三四郎と同じ熊本出身。 美禰子(みねこ):三四郎が憧れる女性。亡くなった兄の友人の野々宮と交際をしている。 与次郎(よじろう):三四郎の大学の友人。広田の家に下宿している。 ストレイシープストレイシープ 三四郎は何とも答へなかった・た竺口の内で迷羊、迷羊 ... このような結文は、 『三四郎』小考 一、美禰子と三四郎 「三四郎』 I「迷羊」の意味1 ... ストレイ・シープ 「 迷える子 ストレイシープ 」と美禰子が口の内で言った。三四郎はその息を感じた。 文芸とは、人生の根本義に触れたものである。 三四郎は、講義を筆記するのが嫌になり、Stray sheep と … 英語で「迷える羊」を意味する熟語。 。「どうしてよいか分からず迷っている人」を表す。以下の2.以後もこの熟語を元にしたものと思われる。; ストレイシープ - 1994年~2001年ごろにフジテレビにて放送された、羊の「ポー(Poe。 ブログを報告する, STRAYSHEEPの謎を考える 美禰子が口にした「ストレイシープ」とは「三四郎」夏目漱石, 美禰子の二重瞼《ふたえまぶた》に不可思議なある意味を認めた。その意味のうちには、霊の疲れがある。肉のゆるみがある。苦痛に近き訴えがある。, 眸と瞼の距離が次第に近づくようにみえた。近づくに従って三四郎の心には女のために出なければすまない気がきざしてきた。, ただ三四郎にとって自分は興味のないものとあきらめるように静かな口調《くちょう》であった。, STRAY SHEEPのなぞを考える 美禰子と恋人同士のようにいちゃつく「三四郎」夏目漱石, 国公立大学二次試験 2018年東京大学 入試問題 国語第二問「太平記」を解いて考えた. いよいよストレイシープの登場です。「迷える子」を美禰子はどんな意味で言ったのでしょうか。 「三四郎」最大の謎を考えてみました。 本文は青空文庫から引用しました。 美禰子に誘われて三四郎は、広田先生、野々宮兄妹と五人で菊人形を見に出かけます。 情報そのものは意味を持ちません。 数字や文字の向こうに、生身の人間を想像すること。それが「読む」という行為です。 名言⑧ ただ口の内で 迷羊 ストレイ シープ 、 迷羊 ストレイ シープ と繰返した。 三四郎は何とも 答 こたえ なかった。 夏目漱石の「三四郎」が読んでみたのですが、読解力のない自分には正直分からなかったです。そこで内容について質問ですが、 1、ストレイ・シープとは何か 2、美禰子は三四郎に対してどのような感情を … ストレイシープ とは「迷える子羊」のことで聖書から来ている言葉ですね。 迷子という現状をただ単に英語にしたわけではなく、悩みを抱えて迷っており答えが出せないことを暗に言っています。 ストレイシープ. ストレイシープとは聖書に出てくる言葉で迷える子羊を意味します。 美禰子がつぶやくように三四郎に伝えた「ストレイシープ…」の一言。 これは美禰子自身の迷いを三四郎に伝えたかったのではないで … stray sheep(ストレイシープ)とは。意味や解説、類語。《「迷える羊」の意。聖書から》どうしてよいか分からず、迷っている人。 - goo国語辞書は30万2千件語以上を収録。政治・経済・医学・ITなど、最新用語の追加も定期的に行っています。 ストレイシープと言えば、漱石、三四郎。 この世界が大変な中で、米津さんが、なぜ「ストレイシープ」というメッセージを発するのか。そのヒントは、漱石「三四郎」の中にあるはずだと考えたからです。 いよいよストレイシープの登場です。「迷える子」を美禰子はどんな意味で言ったのでしょうか。, 途中で急に体調不良になった美禰子。気づいた三四郎は他の三人を置いて会場から出ます。, 三四郎は群集《ぐんしゅう》を押し分けながら、三人を棄てて、美禰子のあとを追って行った。, 「里見さん」と呼んだ時に、美禰子は青竹《あおだけ》の手欄《てすり》に手を突いて、心持ち首をもどして、三四郎を見た。なんとも言わない。手欄のなかは養老の滝である。丸い顔の、腰に斧《おの》をさした男が、瓢箪《ひょうたん》を持って、滝壺のそばにかがんでいる。三四郎が美禰子の顔を見た時には、青竹のなかに何があるかほとんど気がつかなかった。, 「どうかしましたか」と思わず言った。美禰子はまだなんとも答えない。黒い目をさもものうそうに三四郎の額の上にすえた。その時三四郎は美禰子の二重瞼《ふたえまぶた》に不可思議なある意味を認めた。その意味のうちには、霊の疲れがある。肉のゆるみがある。苦痛に近き訴えがある。三四郎は、美禰子の答を予期しつつある今の場合を忘れて、この眸《ひとみ》とこの瞼《まぶた》の間にすべてを遺却《いきゃく》した。すると、美禰子は言った。, 眸と瞼の距離が次第に近づくようにみえた。近づくに従って三四郎の心には女のために出なければすまない気がきざしてきた。それが頂点に達したころ、女は首を投げるように向こうをむいた。手を青竹の手欄《てすり》から離して、出口の方へ歩いて行く。三四郎はすぐあとからついて出た。, 二人が表で並んだ時、美禰子はうつむいて右の手を額に当てた。周囲は人が渦《うず》を巻いている。三四郎は女の耳へ口を寄せた。, 美禰子は、菊人形の会場に来る前に、野々宮さんと軽く口論をしています。考えのすれ違いがあったのです。, それぞれに広田先生と野々宮さんが批評をします。その時の広田先生の言葉が「責任をのがれる」です。あとで美禰子がこの言葉を引用しています。, 「どうです、ぐあいは。頭痛でもしますか。あんまり人がおおぜい、いたせいでしょう。あの人形を見ている連中のうちにはずいぶん下等なのがいたようだから――なにか失礼でもしましたか」, 女は黙っている。やがて川の流れから目を上げて、三四郎を見た。二重瞼にはっきりと張りがあった。三四郎はその目つきでなかば安心した。, 「歩ければ、もう少しお歩きなさい。ここはきたない。あすこまで行くと、ちょうど休むにいい場所があるから」, 一丁ばかり来た。また橋がある。一尺に足らない古板を造作なく渡した上を、三四郎は大またに歩いた。女もつづいて通った。待ち合わせた三四郎の目には、女の足が常の大地を踏むと同じように軽くみえた。この女はすなおな足をまっすぐに前へ運ぶ。わざと女らしく甘えた歩き方をしない。したがってむやみにこっちから手を貸すわけにはいかない。, 向こうに藁《わら》屋根がある。屋根の下が一面に赤い。近寄って見ると、唐辛子《とうがらし》を干したのであった。女はこの赤いものが、唐辛子であると見分けのつくところまで来て留まった。, 「美しいこと」と言いながら、草の上に腰をおろした。草は小川の縁にわずかな幅をはえているのみである。それすら夏の半ばのように青くはない。美禰子は派手《はで》な着物のよごれるのをまるで苦にしていない。, 三四郎もとうとうきたない草の上にすわった。美禰子と三四郎の間は四尺ばかり離れている。, 足元が悪い中、「わざと女らしく甘えた歩き方をしない。したがってむやみにこっちから手を貸すわけにはいかない。」, ここは、手を貸して介添えするところでしょう。遠慮しているときではありません。まして「わざと女らしく甘えた歩き方をしない」なんて批評する場面でもありません。, まして、好きな女なら、もっと近づいて介助したくなるでしょうが、三四郎はそれができないのです。, 腰を下ろす美禰子に対して、さらに歩けないかと促す三四郎。拒む美禰子。仕方なく、きたない草の上に腰を下ろします。, ところへ知らん人が突然あらわれた。唐辛子の干してある家の陰から出て、いつのまにか川を向こうへ渡ったものとみえる。二人のすわっている方へだんだん近づいて来る。洋服を着て髯《ひげ》をはやして、年輩からいうと広田先生くらいな男である。この男が二人の前へ来た時、顔をぐるりと向け直して、正面から三四郎と美禰子をにらめつけた。その目のうちには明らかに憎悪《ぞうお》の色がある。三四郎はじっとすわっていにくいほどな束縛を感じた。男はやがて行き過ぎた。その後影を見送りながら、三四郎は、, 「広田先生や野々宮さんはさぞあとでぼくらを捜したでしょう」とはじめて気がついたように言った。美禰子はむしろ冷やかである。, 「迷子だから捜したでしょう」と三四郎はやはり前説を主張した。すると美禰子は、なお冷やかな調子で、, 美禰子は三四郎を見た。三四郎は上げかけた腰をまた草の上におろした。その時三四郎はこの女にはとてもかなわないような気がどこかでした。同時に自分の腹を見抜かれたという自覚に伴なう一種の屈辱をかすかに感じた。, 突然、見知らぬ男から憎悪を向けられた二人。若い男女が二人でいることが許せなかったのでしょう。, 現代から見れば、「変なおじさん」ですが、これが当時の男女の交際に対する世間の認識なのです。一種の自粛警察です。, 三四郎は、男が去ったあと、広田先生や野々宮さんのことを口にします。美禰子と二人きりになったことをまずいことだと認識したのでしょうか。, 美禰子から見ると、広田先生も野々宮さんもそのような存在に見えているということです。, 「その時三四郎はこの女にはとてもかなわないような気がどこかでした。同時に自分の腹を見抜かれたという自覚に伴なう一種の屈辱をかすかに感じた。」, 下心を見ぬかれたならまだしも、体面を気にすることを見抜かれたと思い、屈辱まで感じる三四郎。, 美禰子への恋心よりも、世間(広田、野々宮)へのメンツを重視するような男では、美禰子の心は動かないでしょう。, たしかに、それも大事ですが、今、現実には美禰子が目の前で苦しんでいる、それが一番大事にすることではないでしょうか。, 三四郎はこういう場合になると挨拶《あいさつ》に困る男である。咄嗟《とっさ》の機が過ぎて、頭が冷やかに働きだした時、過去を顧みて、ああ言えばよかった、こうすればよかったと後悔する。といって、この後悔を予期して、むりに応急の返事を、さもしぜんらしく得意に吐き散らすほどに軽薄ではなかった。だからただ黙っている。そうして黙っていることがいかにも半間《はんま》であると自覚している。, |迷える子《ストレイ・シープ》という言葉はわかったようでもある。またわからないようでもある。わかるわからないはこの言葉の意味よりも、むしろこの言葉を使った女の意味である。三四郎はいたずらに女の顔をながめて黙っていた。すると女は急にまじめになった。, その調子には弁解の心持ちがある。三四郎は意外の感に打たれた。今までは霧の中にいた。霧が晴れればいいと思っていた。この言葉で霧が晴れた。明瞭な女が出て来た。晴れたのが恨めしい気がする。, 三四郎は美禰子の態度をもとのような、――二人の頭の上に広がっている、澄むとも濁るとも片づかない空のような、――意味のあるものにしたかった。けれども、それは女のきげんを取るための挨拶ぐらいで戻《もど》せるものではないと思った。女は卒然として、, 「じゃ、もう帰りましょう」と言った。厭味《いやみ》のある言い方ではなかった。ただ三四郎にとって自分は興味のないものとあきらめるように静かな口調《くちょう》であった。, 「ストレイシープーわかって?」と美禰子に問われた三四郎は、黙り込みます。そして「半間」であることを自覚しています。, 反応できない三四郎の態度は、discommunicationディスコミュニケーション(相互不達)の極致ですね。, いいかっこしなくていいので、何かひと言、美禰子に返していたら、違っていただろうに。, 。「わかるわからないはこの言葉の意味よりも、むしろこの言葉を使った女の意味である。三四郎はいたずらに女の顔をながめて黙っていた。」, 「今までは霧の中にいた。霧が晴れればいいと思っていた。この言葉で霧が晴れた。明瞭な女が出て来た。晴れたのが恨めしい気がする。」, 空はまた変ってきた。風が遠くから吹いてくる。広い畑の上には日が限って、見ていると、寒いほど寂しい。草からあがる地息《じいき》でからだは冷えていた。気がつけば、こんな所に、よく今までべっとりすわっていられたものだと思う。自分一人なら、とうにどこかへ行ってしまったに違いない。美禰子も――美禰子はこんな所へすわる女かもしれない。, 「少し寒くなったようですから、とにかく立ちましょう。冷えると毒だ。しかし気分はもうすっかり直りましたか」, 「ええ、すっかり直りました」と明らかに答えたが、にわかに立ち上がった。立ち上がる時、小さな声で、ひとりごとのように、, 「|迷える子《ストレイ・シープ》」と長く引っ張って言った。三四郎はむろん答えなかった。, 美禰子は、さっき洋服を着た男の出て来た方角をさして、道があるなら、あの唐辛子のそばを通って行きたいという。二人は、その見当へ歩いて行った。藁葺《わらぶき》のうしろにはたして細い三尺ほどの道があった。その道を半分ほど来た所で三四郎は聞いた。, 三四郎が何か言おうとすると、足の前に泥濘《ぬかるみ》があった。四尺ばかりの所、土がへこんで水がぴたぴたにたまっている。そのまん中に足掛かりのためにてごろな石を置いた者がある。三四郎は石の助けをからずに、すぐに向こうへ飛んだ。そうして美禰子を振り返って見た。美禰子は右の足を泥濘のまん中にある石の上へ乗せた。石のすわりがあまりよくない。足へ力を入れて、肩をゆすって調子を取っている。三四郎はこちら側から手を出した。, 「いえ大丈夫」と女は笑っている。手を出しているあいだは、調子を取るだけで渡らない。三四郎は手を引っ込めた。すると美禰子は石の上にある右の足に、からだの重みを託して、左の足でひらりとこちら側へ渡った。あまりに下駄《げた》をよごすまいと念を入れすぎたため、力が余って、腰が浮いた。のめりそうに胸が前へ出る。その勢で美禰子の両手が三四郎の両腕の上へ落ちた。, 「|迷える子《ストレイ・シープ》」と美禰子が口の内で言った。三四郎はその呼吸《いき》を感ずることができた。, せっかくのチャンスを棒に振った三四郎。さらに、よし子のことを尋ねて美禰子に不審を抱かれます。いや、不興を買ったというほうが適切です。, 美禰子に対する態度を決めかねている三四郎に向かって、「あなたも私と同様、迷える子なのよ」と言いたかったのでしょう。, 読書、化石採集、大学入試問題の分析、国語の勉強方法、文学、音楽、学び方などを書いています。少しでも高校生や受験生のみなさん、シニア世代の役に立てばうれしいです。, bluesoyajiさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog 私は、日本の作家の中では夏目漱石が最も好きです。 その作品の中で、「三四郎」は特に好きな作品です。 今回、考えるところがあって、10年ぶりぐらいで読み返してみました。 繰り返しますが、「三四郎」は漱石の作品の中でも特に優れた作品であると言えます。 「三四郎」 のあらすじを起承転結で短く簡潔に解説!ストーリーのネタバレ注意!→日本文学界の巨星・夏目漱石による青春小説。田舎から帝国大学に進学してきた三四郎の視点から、当時の知識人たちの交流や学生の生活ぶりを鮮やかに描き出します。 ストレイシープ 夏目漱石の『三四郎』を読んだのは、もう60年も前、高校生の時だ。細かい筋は忘れてしまったが、作品中のいくつかのフレーズが私の心に残った。 「stray sheep」「ストレイシープ」「迷える子」…幾度となく呪文のように独り言ちてしまうほどの何かがあります。三四郎のように書いたりはしませんけど(笑) 主人公の三四郎を翻弄する里見美禰子は全く食えない女です。しかしそういった女性に男性が惹かれるのもまた事実で、女性からすると不思議でしょうがないですね。当時美禰子のような開放的な、自由な女性は珍しかったと思います。 ストレイ シープ 下には「迷へる子 J(426) と書かれており、三四郎は「美様子の使った s 廿 aysheep の意味J (426) が自分と彼女の二人を指していたことに気付く。 ブログを報告する, 三四郎は迷える明治男か?あるいはサイコパスか?STRAY SHEEPのなぞを考える, STRAYSHEEPの謎を考える 美禰子が口にした「ストレイシープ」とは「三四郎」夏目漱石. stray sheep, STRAY SHEEP(ストレイシープ)とは、. 「三四郎」は1908年、 朝日新聞に連載された夏目漱石の小説です。 いわゆる前期三部作の最初の作品で、 後の二作は「それから」と「門」。 三部作の中で「三四郎」は 主人公の年齢が一番若く、 「失恋」がテーマになっています。 なお、三部作に話の繋がりはありませんが、 主人公の年齢が段々上がっていきます。 どうもあの水蜜桃の食いぐあいから、青木堂で茶を飲んでは煙草を吸い、煙草を吸っては茶を飲んで、じっと正面を見ていた様子は、まさにこの種の人物である。――批評家である。――三四郎は妙な意味に批評家という字を使ってみた。 ストレイシープと言えば、漱石、三四郎。 この世界が大変な中で、米津さんが、なぜ「ストレイシープ」というメッセージを発するのか。そのヒントは、漱石「三四郎」の中にあるはずだと考えたからです。